最近やたらよくある友人や後輩との会話
「自信がないんです🥹」
「私の代わりはいくらでもいるから😞」
「生きてる意味がわからない」
そんなことを言ってきたらもうしおり節炸裂だよね😆
即答で「うん、かわりはなんぼでもいるよ!それがどうしたん?」
「生きてる意味?究極そんなんない!楽しんどこ😆」
今はそんなことを言える私も
20代前半までは『私なんかいなくてもいい』ってグルグル考えてた🌀
もちろん、私がこの世にいなくても世の中は勝手にまわっていく。
歯車になることを考えるよりも、必要とされることよりも
自分がどれだけ楽しめるか
自分が楽しんでいたら身近な人がHAPPYになれる。
結果必要とされる☆
それでいいんじゃないの?って思う。
時代的にも、もうそれが許されてきているし、
これからそれはどんどん加速する。
今の私で言えば、『ヨガの先生はいくらでもいる』かな。
でもなんでヨガをはじめたのか、それを仕事にしたのか、
どんな人生の背景があってヨガにハマれたのか。
それは100人先生がいたら、100人とも違う。
先生によってヨガの受け止め方、スタイルも違う。
私はまだインドにいっていないし、
菜食主義ではないし、
生活スタイルはいわゆるヨガの先生のテンプレではないと思う。
けっこうわがままに生きてるし、
まぁまぁ不真面目だと思う。
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記事をこうしてずっと書き続けてきて、
自分の実体験を通してヨガを伝える。
確かに、ヨガの先生は山ほどいるよ。
でも生徒さんはちゃんと選んで来てる😊
”ヨガの先生”はただの大きなカテゴリー。